「江分利満氏の優雅な生活」

 昭和38年東宝作品。私は福岡市総合図書館にある映像ホール“シネラ”での特集上映にて鑑賞した。とても面白い。軽妙な中にペーソスや皮肉、さらには戦後の日本が抱え込む歴史の重みも投影し、一筋縄ではいかない展開を見せる。また題名にある“優雅な生活”の実相も垣間見せ、手応え十分の作劇だ。

 サントリーの宣伝部に勤める江分利満は、30歳代後半の冴えない男。心の中では“面白くない。何をやっても面白くない”というモノローグが渦を巻き、勤務後は飲み屋でクダを巻く毎日だ。ある日、江分利は酔った勢いで店に居合わせた出版社のスタッフに、雑誌に原稿を書く約束をしてしまった。翌朝素面になった彼は何も覚えていない。だが、先方は遠慮会釈無く執筆の催促をしてくる。

 仕方なく、江分利は自身の経歴や家族のこと、そして日々の生活等をエッセイ風に書き飛ばす。ところがこの連載が評判を呼び、専門家筋も大絶賛。あれよあれよという間に直木賞の候補になり、見事受賞してしまう。山口瞳の同名小説の映画化だ。

 会社の昼休みの風景を小刻みなショットで畳み掛けるように描写した冒頭の場面から、一気に引き込まれる。江分利はしがない会社員ながら、プライドだけは妙に高い。自らの失態を、腹の中では必死に言い訳を並べた挙げ句に開き直ってしまう。自宅の庭が隣家よりほんの少し広いことを発見して有頂天になったりもして、そのあたりは可笑しい。

 しかし、同居している父親の生い立ちや、戦時中の話に差し掛かると、ドラマは厚みを増す。江分利は大正15年生まれで、数え年は昭和の元号と一致している戦中派である。終戦の直前に徴兵されたが、戦地に赴くことはなかった世代だ。自分が生き残ってしまった後ろめたさを抱え、そして実業家だった父親は、戦争によって私腹を肥やしてきた(そして、何度も破産した)。ノホホンと生きているように見えて、戦争に対する大きな屈託も併せ持っていた当時の人々の内面的なトレンドが窺われて実に興味深い。

 ハッキリ言って、江分利は文才こそあるが、それを除けば風采の上がらない男である。無能と言っても良い。しかしそんな人間でも、立派な社宅に住み、妻が働きに出ることも無く、息子には稽古事をさせるだけの甲斐性を持っている。

 別に彼が特殊なケースであったわけではなく、そこそこマジメにやっていれば高度成長期には誰しもそういう境遇にありつけた。間違いなくそれは、国民の間に日本を立て直すのだという強い意志があり、その努力が実を結び始めた時代背景がある。これが“優雅な生活”でなくて何なのか。カタギの社会人でも江分利のような生活水準にも達することが出来ない者が多い現在から見れば、羨ましい話である。

 岡本喜八の演出は多分にハッタリを効かせ、アニメーションや合成も交えて好き勝手やっているが、やはりサマになっている。主演の小林桂樹の怪演はもとより、東野英治郎に英百合子、横山道代、中丸忠雄、ジェリー伊藤と出演者はいずれも好調。デビューして間もない桜井浩子も可愛い。ただ、ヨメさん役に新珠三千代というのは、いくら何でも美人すぎる。江分利には似つかわしくない(笑)。<!–

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